5日目、タリン。旅に「飽き」がやってきた
朝7時すぎに目が覚めました。普段はこんなに早起きしないのですが、時差ボケのおかげで、朝を有効に使えています。ヘルシンキのホステルのマットレスは薄くて、寝るには少ししんどかったけれど、コンセントが付いていて、物価を考えれば十分ありがたい宿でした。
この日は9時発のフェリーでタリンへ渡ります。港には出発の1時間前に来いという話もあって、7時半の時点で、時間はわりとタイトでした。果たして間に合うのか。
20ユーロで、海を渡る
トラムでフェリーターミナルへ。フィンランドの路面電車は黄色と緑の配色で、江ノ電の昔の車両みたいで、なんだか親近感が湧きます。朝の車内はものすごく混んでいました。
着いたのは、ヘルシンキ港のターミナル2。ガラス張りで、最近できたのかなと思うくらい近代的でおしゃれな建物でした。
ヘルシンキからエストニアのタリンへは、エッケロラインのフェリーが一番手ごろで、割引込みで約20ユーロ(3,702円)でした。ユーレイルのパスを見せると安くなる仕組みもあります。
向こうから、これから乗る船がやってきます。でかい。岸には車が列を作って待っていました。乗船はバーコードをかざすだけで、ボーディングブリッジからそのまま船内へ。安いチケットだったので、LCCみたいに港を歩かされるのかと少し心配していましたが、そんなことはありませんでした。
乗客が多いので、席は入ってすぐに取ったほうがいいです。私は早めに陣取れて、ちゃんと座れました。船内は物価が高いだろうと思って、水は乗る前に外で買っておきました。
船は8階建てで、カジノまであります。でも、そこにお金を使うのは何か違う気がして、私はカフェの席でおとなしく動画の編集をしていました。船内のWi-Fiはびっくりするほど遅かったのですが。隣にはバンドのメンバーのような3〜4人組が座って、フィンランド語で盛り上がっていました。何を言っているのかはまったく分からないので、BGMだと思って聞いていました。
2時間ほどで、タリンに着きました。
シェンゲン協定の国どうしなので、入国審査は何もありません。国を移った感じが、まったくしませんでした。そして正直に言うと、港に降りた瞬間、北欧っぽい景色にちょっと見飽きてきた感じが、もうありました。
コスパのいい国に来た
宿に向かって歩きながら、旧市街を見て回ることにしました。
タリンは、きれいすぎる街でした。旧ソ連時代の名残は、少なくとも歩いた範囲ではほとんど見えません。と思っていたら、右手にコンクリートの巨大な建物が現れました。ソ連時代に建てられたコンサート会場「リンナハル」です。1980年のモスクワ五輪でヨット競技の会場がタリンになり、そのための施設のひとつとして造られたものだそうです。
旧市街の入り口には、ファット・マーガレットという太い塔が立っています。歩いている最中は、それが何なのかまったく知りませんでした。でも、ものすごい重厚感で、映画の中の世界みたいでした。あとで調べると、16世紀に港を守るために造られた砲塔で、いまは海洋博物館になっているそうです。近くには、エストニア独立戦争で戦ったイギリス海軍の兵士をしのぶ碑もありました。
旧市街は、ストックホルムよりわずかに好きです。星をつけるなら、ストックホルムが4、タリンが4.5。ストックホルムの旧市街は小さな広場の一角という印象でしたが、タリンは道がまっすぐどこまでも続いていて、スケールがあります。

タリンの街並み
建物はクリーム色か、薄い青のパステルカラー。道はくねくねと曲がっています。レストランのメニューをのぞいてみると、値段は日本のだいたい1.5倍でした。旧市街は高台にあって、下の平地からは崖に沿った階段をひたすら上っていきます。中世にはハンザ同盟の交易で栄えた街で、旧市街は1997年に世界遺産になっています。
翌日の列車を確かめに、タリン駅へ行きました。エストニアの列車は先が丸くて、初代のこだまのような顔をしています。それでいてドアの形はどこか路面電車っぽくて、特急と路面電車のあいのこみたいで、かわいらしい。
駅には改札がなくて、係員を見つけるのにひと苦労しました。ようやく見つけたカウンターの方はとても親切で、お互いに英語はたどたどしかったのですが、予約しなくても乗れる、どこに座ってもいいと教えてくれました。予約の手数料もかからなさそうで、ほっとしました。

タリン駅の線路
昼は、駅前のマーケットへ。果物や野菜が所狭しと並び、2階は古着、1階には魚売り場もあります。中のケバブ屋さんで頼んだケバブには、ご飯ではなくポテトが付いてきました。この揚げたてのポテトがサクサクで、すごくおいしかった。食べているときの反応は薄かったのですが、本当においしかったです。
チェックインまで時間があったので、近くのカフェに入りました。値段は日本の3倍くらいの感覚で、一口ずつ味わって飲みました。

タリンのカフェで頼んだ、ピスタチオのクロワッサンとアメリカーノ
この日の宿は1泊7,712円。編集作業をがっつりやりたくて、個室を取りました。ロフトのような2段構造のダブルベッドに、キッチン、食洗機、洗濯機まで付いていて、シャワーの水圧も強い。ここでたまった洗濯を全部済ませました。入ってすぐの棚には、朝食用のクロワッサン2つとジャムが置いてありました。こういうささやかなサービスが、すごくうれしい。7,000円台でこの内容は、あり得ないと思いました。
監獄の跡と、「飽き」
旧市街から少し離れた宿だったので、20分ほど歩いて旧市街に戻りました。タリンは旧市街と中心部がコンパクトにまとまっていて、歩いて観光するのにまったく苦労しません。

タリン旧市街の石畳の通り。両側に古い建物が並び、奥に人が行き交う
この日、旅をしていて初めて正直に思ったことがあります。
最初は刺激的で面白い。でも、だいたいの特徴がつかめてくると飽きてくる。似たような石畳と建物を何日も見ていると、気持ちが高ぶらなくなっていく。それが旅のリアルなところです。
石畳も、最初の街では興奮しました。でもヨーロッパの旧市街は、どこの国へ行ってもだいたい石畳です。石の壁と、クリーム色の建物。タリンの旧市街の中も、だいたい同じような景色が続いていました。

タリン旧市庁舎の案内板

旧市街の通り。各国の旗を掲げた店が並ぶ
それでも、KGBの監獄跡には行ってみたかった。港から旧市街を歩いてきたときに前を通ったら、すごい行列ができていました。ダークツーリズムと呼ばれる場所で、興味はあるけれど、実際に入るとなると少し怖い。入場料は10ユーロです。

タリン旧市街、KGBの監獄跡「KGB Prison Cells」の入り口
ここは、ソ連時代に秘密警察が半世紀近く本部を置いていた建物で、その地下が監獄として使われていました。中には監獄全体の模型があって、壁はコンクリートで覆われた、ひどく無機質な造りです。収容された人が座らされた椅子。尋問される人が寝ていたベッドは、ただの板でした。審査に使われた書類の束も並んでいます。恐ろしい場所でした。
外に出ると、市庁舎前のラエコヤ広場では、観光客と地元の人でレストランがにぎわっていました。
夜はフードコートのLidoで、チキンと紫キャベツのサラダとビール。ビールをうまく注げずにいたら、見かねた店員さんが代わりに注いでくれました。プロが注いだビールは、やっぱりおいしかったです。
帰り道には、独立の象徴が立つ自由広場を通りました。散歩していると、ふいに日本語が目に入ります。「友好の桜」。日本からエストニアに贈られた桜で、両国の友好の象徴なのだそうです。
宿に戻って、Wi-Fiにつないで作業をして、5日目はおしまいです。
この日に出ていったお金:18,828円 50万円の残り:246,266円