STATION

途中

経由便の乗り継ぎ、夜行列車、ホステルの相部屋。旅の途中の一場面。

  1. 10日目、ご飯を食べるためだけに国境を越えた。ウィーンからブラチスラバへ食堂車のチーズケーキでウィーンへ。Wi-Fiがあるはずの宿にWi-Fiがなく、物価の安いスロバキアのブラチスラバまで夕食を食べに行く。帰りの列車は来ず、ウィーンの地下鉄の終電に滑り込んだ日の記録。
  2. 9日目、計画が崩れた翌日。チェコの工業都市オストラバで見た夕焼けイスタンブール行きをあきらめ、物価の高いオーストリア方面へルートを変えた。残り予算は1日あたり17,099円。ワルシャワから列車でチェコのオストラバへ向かい、1杯280円のピルスナーで一日を締めた記録。
  3. 8日目、ワルシャワは最高だった。なのに、この先の旅が崩れたピエロギとウォッカ、ショパン博物館、戦後に再建された旧市街。ワルシャワを満喫したその夜、イスタンブールまでの夜行列車が1週間先まで満席だと分かる。計画を捨てて、中央ヨーロッパをゆっくりまわる旅に切り替えた日の記録。
  4. 7日目、「命のビザ」の町カウナスへ。バルト三国の最後の日ヴィリニュスの「ウジュピス共和国」を歩き、杉原千畝ゆかりの町カウナスへ。休館日だった記念館、赤レンガのカウナス城、0.7ユーロの市内バス。夜は長距離バスでポーランドのワルシャワへ向かった日の記録。
  5. 6日目、乗れないはずの列車に乗せてもらった。リガを経てヴィリニュスへタリンから列車を乗り継いでラトビアのリガ、そしてリトアニアのヴィリニュスへ。座席予約がなく乗車を止められた国際列車で、車掌が空席を探してくれた。旅の人との出会いに救われた日の記録。
  6. 5日目、タリン。旅に「飽き」がやってきたヘルシンキからフェリーで海を渡り、エストニアの首都タリンへ。7,000円台とは思えない宿、KGBの監獄跡、コンパクトな旧市街。そして5日目にして初めて気づいた、旅の感情が平らになっていく感覚の記録。
  7. 4日目、眠れないまま着いたヘルシンキ。夜11時の空はまだ明るい照明が一晩中消えない夜行列車でほとんど眠れず、ヘルシンキへ。29ユーロのサーモンプレートに救われ、バスで1時間の町カルッキラの古い工場の映画館を訪ね、沈まない太陽の下で一日を終えた記録。
  8. 3日目、歩いて国境を越えた。長袖を忘れた北欧で、上着を買うスウェーデンのハパランダから、歩いてフィンランドのトルニオへ。寒さに耐えかねて現地で上着を買い、IKEAのシナモンロールで節約し、「NO TRAINS HERE」の駅から夜行列車でヘルシンキを目指した日の記録。
  9. 2日目、来ないバスを待った。国境の町ハパランダまで座席の夜行列車で体がバキバキのまま、スウェーデン北部ボーデンへ。乗るはずの列車が運休し、代わりのバスも来ない。待ちぼうけの末にたどり着いた、フィンランド国境の町ハパランダの記録。
  10. 1日目、ストックホルム。ベンチの多い街は、お金のない旅人にやさしかった20日間・50万円のヨーロッパひとり旅、1日目。北京経由でストックホルムに着き、ハンバーガー1つ約2,000円の物価に青ざめながら、旧市街ガムラスタンを歩いて夜行列車で北へ向かった日の記録。