途中

12日目、ブダペストは1日じゃ足りない。日帰りで念願のフォアグラを

おはようございます。朝7時すぎ、私はウィーン中央駅にいます。今日はここから、ハンガリーの首都ブダペストへ日帰りで向かいます。

ブダペストは、本当ならここから夜行列車でブカレストへ抜けるはずだった街です。その列車が満席で、計画ごとあきらめたのはワルシャワでのこと。結局、ウィーンを拠点にした日帰りで訪ねることになりました。

朝ごはんは、駅のマクドナルドでチーズバーガーとポテト。平日の朝なので、ここまで乗ってきた地下鉄はサラリーマンっぽい人ばかりでした。本当に、ウィーンの平日の日常という感じです。それが中央駅まで来ると、バックパックを背負った旅行客や、長い距離を移動する人たちがぐっと増える。ここには非日常があります。

ドナウ川のほとり。マルギット橋の向こうに、ブダ側の王宮の丘が見える

ドナウ川のほとり。マルギット橋の向こうに、ブダ側の王宮の丘が見える

7時40分発、ブダペスト行き

乗るのは10番線、7時40分発のオーストリア鉄道のレイルジェット。案内には「C〜E」と、ホームの番号とは別にアルファベットが出ています。10日目にも書いたとおり、ウィーン中央駅のホームはとにかく長く、1本のホームに2本の列車が停まれるほど。だから、列車がホームのどのあたりに停まるかを、アルファベットで示しているんです。のろのろしている時間はありません。今日も始まります。

列車はブダペスト東駅(ケレティ駅)に、20〜30分ほど遅れて着きました。乗ってきたのは、赤い車体の7両か8両ほどの列車です。

ブダペスト東駅の駅舎。大きなアーチ窓の上に彫刻が並ぶ

ブダペスト東駅の駅舎。大きなアーチ窓の上に彫刻が並ぶ

振り返ると、立派な駅舎です。正面はまるで彫刻のよう。この駅は1884年に開業していて、当時は電気の照明が技術的な新しさとして注目されたそうです。その隣には、めちゃくちゃ高級そうな外観のバーガーキング。たぶん、売っているのは普通のバーガーキングです。

古い建物と、ケバブ屋の多い街

ここから中心部へ歩きます。歩いていて気づいたのは、自転車の専用レーンがあまり見当たらないこと。ここまでの街では珍しいことで、自転車で回るにはそれほど安全ではないかもしれません。

街並みは、20世紀初頭ふうの歴史を感じる建物ばかり。東京ディズニーシーの、昔のアメリカの街を再現したエリアのような雰囲気です。ただ、ウィーンから来たせいか、少し小汚く見えます。ズームしてみると、壁の老朽化が目立っていて、メンテナンスが行き届いていないのがよく分かりました。

ブダペストの通り。古い集合住宅が両側に続き、黄色い車が停まっている

ブダペストの通り。古い集合住宅が両側に続き、黄色い車が停まっている

もうひとつ気づいたのが、ケバブ屋がめちゃくちゃ多いこと。値段は1,500フォリントくらい。日本円にすると600円ちょっとです。ウィーンと比べると物価は断然安い。暮らしやすいというか、コスパはいい街かもしれません。

念願のフォアグラ

安いのにハンガリー料理が楽しめる定食屋があるらしいと聞いて、中心部へ歩いてきました。お昼に入ったのは、Menza(メンザ)という店。日替わりランチは2品で2,590フォリントです。

そして、ここで食べたのが念願のフォアグラです。こんがり焼き目のついたフォアグラが、なめらかなマッシュポテトの上に3切れ。上にはオレンジ色の野菜のチップスがのり、横には濃い色のフルーツのソースが添えてありました。会計は日本円で5,000円ちょっと。この旅ではかなりの贅沢ですが、めちゃくちゃおいしかった。

Menzaのフォアグラ。マッシュポテトの上に焼いたフォアグラ、横にフルーツのソース

Menzaのフォアグラ。マッシュポテトの上に焼いたフォアグラ、横にフルーツのソース

ハンガリーは世界第2位のフォアグラの生産国とされ、輸出量では世界一だそうです。念願を叶えるなら、この国はぴったりでした。

橋を間違えて、遠回りの王宮の丘

お腹を満たして、ドナウ川のほとりへ。対岸に見えるのがブダの旧市街で、丘の上にはブダ城があります。最初に完成したのは1265年。第二次世界大戦で廃墟同然になり、社会主義の時代に簡素化したバロック様式で建て直されたそうです。手前の木が額縁のようにかかり、川沿いの柵もいい味を出している。ブダペスト、めちゃくちゃ美しい。

目の前にかかっていたのは、マルギット橋でした。本当は、ブダペストといえばのあの有名な橋、くさり橋のほうへ行くつもりが、間違えてこっちに来てしまったんです。ズームすると、この橋は途中で折れ曲がっているのが分かります。中州のマルギット島へ枝分かれするところで、角度がついているのです。

橋のたもとの銘板によると、開通は1876年。第二次世界大戦中の1944年11月、爆破の準備がされていた橋の一部が誤って爆発し、1945年1月には撤退するドイツ軍が残りの部分も爆破しました。1948年に国の投資で再建され、2010〜11年には元の設計の精神に沿って改修、北側に拡張されています。歴史が絡んでくる橋です。

そこから、例の有名な橋の方へ。橋を渡って、さらに歩き続けて、ようやく王宮の丘にたどり着きました。途中でショートカットのエレベーターを発見。痛い足で、なんとか持ちこたえました。

ブダ側の高台から見たくさり橋とドナウ川。対岸はペスト側の街並み

ブダ側の高台から見たくさり橋とドナウ川。対岸はペスト側の街並み

丘の上のブダ城には、いまハンガリー国立美術館やブダペスト歴史博物館、国立セーチェーニ図書館が入っています。東駅からここまで、1〜2時間は遠回りしました。正直に言うと、写真で見たようなブダペストの景色を見たい人は、さっさとバスかトラムに乗って、くさり橋を渡ってブダ側に来てしまったほうがいいと思います。とはいえ、歩くのも楽しかった。そこまでの道のりも、旅のうちです。

帰りの列車に、ぎりぎり

帰りは市内交通の券売機で切符を買い、東駅の方へ。駅に戻る前に、ALDIで今夜のビールだけ買い込みました。

ブダペストに着いてから、まだ5〜6時間しか経っていません。全然見切れていないけれど、見たいところはある程度見られたし、念願のフォアグラもおいしい店で食べられた。正直、もうめっちゃ満足です。ヨーロッパに行くなら、ブダペストは絶対に訪れたほうがいい。物価も安い。ただ、1日では全然まわりきれません。2〜3日は見ておいたほうがいいと思います。

さて、ウィーンに戻ります。帰りの列車は16時40分発。10分前に駅に入ったので、全然間に合うだろうと思っていました。ところが、ここのホームも前後にめちゃくちゃ長い。しかも列車は、駅の入口から遠いほうに停まっていたんです。時計を見ると、16時34分くらい。結局、10分前に来たのに、マジでぎりぎりになりました。あぶねー。ブダペスト東駅を使う人は、かなり余裕を見て行ったほうがいいです。

ホームの番号とは別に、アルファベットで位置を示す案内は、ここブダペストにもありました。行きのレイルジェットは比較的新しいそうですが、帰りの列車は機関車が客車を引くタイプで、設備がやや古いこともあるそうです。座席は、青地にカラフルな四角模様の布張りでした。

帰りの列車の車内。青地にカラフルな四角模様の座席と、窓際の小さなテーブル

帰りの列車の車内。青地にカラフルな四角模様の座席と、窓際の小さなテーブル

ウィーン最後の夜は、シュニッツェルのラップ

オーストリアは今日で最後。明日からはドイツ編です。最後くらい、オーストリアっぽい料理を外で買って食べたい。

宿の近くに、シュニッツェルのラップがめちゃくちゃおいしいという店があったので、買ってきました。ビールは、ブダペストのALDIで買ったカールスクローネ。ALDIはヨーロッパ各地に展開する激安スーパーで、オーストリアではホーファーという名前で営業しています。物価の安いブダペストで買ったので、1本60円くらいでした。一方でラップは、できたてを食べたいからと、わざわざ物価の高いウィーンで買う。

このラップが、とにかくでかい。私の手と比べて、30センチくらいはありそうです。値段は7.5ユーロ、日本円で1,300円くらい。ウィーンでは、かなり良心的なほうだと思います。

シュニッツェルのラップの断面。刻んだカツと千切りキャベツ、トマトが詰まっている

シュニッツェルのラップの断面。刻んだカツと千切りキャベツ、トマトが詰まっている

中には、刻んだシュニッツェルがたっぷり。キャベツの千切りとトマト、オニオンも入っていて、バランスがいい。ひと口食べて、うまっ。衣はバリッバリで、中はふわっとしっとり。シュニッツェルって、肉もおいしいけれど、結局は衣が命です。衣がカリッカリなら、もう勝ち。これでいいんだよ、という感じです。そしてビール。あ、おいしい。幸せ。

欲望というのは際限がなくて、ラップだけでは満足できず、フライドポテトまで買ってしまいました。その場で揚げてくれた、ちょっと太めのポテト。うまいに決まっています。私は内臓脂肪がたまりやすいタイプなので、見た目にはそれほど出なくても、たぶん健康にはよくない。でも、幸せな夜です。

ウィーンに来たら、ぜひこのシュニッツェルのラップを食べてほしい。郊外なので、アクセスはしづらいと思いますが。もう後悔はありません。ただ、ブダペストだけは全然時間が足りなかった。いつか、また挑戦したいと思います。


この日に出ていったお金:13,908円 50万円の残り:158,147円

← 11日目 / 13日目へ →